その7
いわゆる「門」について

 ルテラ世界の魔法用語たる「門」の意味するところは、実のところ一定しておらず、時代により、また魔道研究家のそれぞれにより、かなり解釈が異なっています。

 「いわゆる“門”と言われているところのものは、何であるのか?」

 この世界においては、この命題は、あたかも現実世界における「天動説」と「地動説」の例のように、さまざまな論争がなされ、幾つもの説が現れては消え、そしてまた現れては消えして、その都度あれこれと修正がなされて、今(ギャメルの時代)に至っております。


生体エネルギー説(「門」不要説)
 超古代、ドリダリア族やヴァルヒャリア族の一般的発想。

 彼ら古代種族たちは、ほとんど「自然に」魔法を使える体質の持ち主であるため、その魔力の根源は「自分たちの五体に当たり前に備わっているもの」と認識されていた。
 技量を高めるには修練が必要であっても、魔法を用いること自体は「馬鹿でもできること」との意識が強く、「それがなぜなのか」に関する考察は、ほとんど行われることがなかった。

 彼らの中には、明らかにその肉体に持ちうる限界量をはるかに超えた魔力を発動させることができる個体が幾人も存在していたのであるが、そのことの矛盾を追及するようなこともなく、「それはあいつがちと異常なだけ」と、簡単に片付けられていたらしい。
(この傾向は、現在のドリュテスたちにも、若干受け継がれている)

異世界への入口説
 魔法王国時代の通説であり、現在でもカルデリアではほぼそのままに信じられている。

 熱を補充したくば「炎の精霊界」への門戸を開き、放出するには「氷雪の精霊界」への扉を開け放つべし……などと、それらしい用語で語られることが多い。
 長年通用していた考え方であるが、厳密に言うなれば、あちこちに矛盾点や疑問点が存在する。
 幾つか列挙してみると、

○エネルギーの伝達速度が「ほぼ一瞬」であるのはなぜか?
 (熱伝導のようなしくみであるならば、それなりに暇がかかるはずである)
○場所に設けられた大型の「門」よりも、アイテム内のものや人体内のものなど、明らかにサイズ的には小型であろうと思われる「門」の方が、時として強力であるのはなぜか。
○必ずしも「あちら側」が見えているわけでも、そちらへ入ってゆけるわけでもないのに、「門」という言い方でひとくくりにしてしまうのは、果たして用語として正確であるのか。

 カルデリアの魔道士たちは、彼らが「門」と呼んだものの原理はよく理解できぬまま、その表に現れる現象のみを把握し、用法のみを進化・発展させる傾向が強かった。これには「ワスカルの災いの日」という苦い経験が、マイナス要因として働いていたようである。つまりは、再びそのような大惨事が起こることを恐れるあまり、「門」の原理や構造に突っ込んだ形で研究することに二の足を踏んでしまったのである。
 また、実際に「異世界への門」そのものでしかないものも発見していたため、それらの「真性の門」と、これら「擬似的な門」とを混同して捕らえてしまったという側面もあるだろう。

空間エネルギーの取り出し口説
 現代のガルテカやドリダリアで一般的になっている説。

 時代が下がり、長年の研究が進んだ結果、「空間」そのものが何らかのエネルギーを有していることが認識されるようになると、長年の謎であった「魔力の源」についても、それと関連づけて考えられるようになっていった。

 魔法エネルギー = 空間エネルギー(「真空エネルギー」または「宇宙エネルギー」ともいう)

 この考えを体型としてまとめ上げたのは、ガルテカの科学者(兼魔道士・宗教家)であったイツァーク・ノイエシュタインであったが、その理論はドリダリアの学者らが保管していた膨大なデータとの照合作業により、ほぼ間違いないことが確認された。
 しかし、未だに完全には「現象の存在を把握した」だけの領域を出でて居らず、この「空間エネルギー」の正体や、それが何故に存在するのかについての理論付けについては、今後の課題となっている。
 特に、生体内にこのエネルギーを取り出せる仕組みを持っている(としか思えない)個体の存在については、未だにそのメカニズムがまったく解明されて居らず、大きな謎となっているのである。

★一説によると、ガルテカの科学者たちは、ついにそのメカニズムを秘密裏に解明したという。
★その結果生み出されたのが、かの「デュルガー」たちであるらしい。


  

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