その16
戦場における魔法の運用法
その5(天・地・人)

 さて、今回紹介いたしますのは、天候を左右し、地形を歪め、人心を惑わす……といった、ある意味、最もとんでもない魔法です。
 規模が大きいものが多く、当然、相当に高位レベルの魔道士でないと使いこなせません。
 しかし、このような大魔法を使える魔道士がひとりでも自軍に存在するのであれば、戦況は著しく有利となることでしょう。
 逆の言い方をすれば、敵にこんな魔法を使える魔道士が居ると判っている場合は、決してまともに攻めかかったりしてはいけないのです。いえ、のこのこ接近してもいけません。さもなくば、トーガ・ムレン回廊におけるイベール軍のように、悲惨な目に遭うことになるでしょう。


天候を変化させる

 どれもみな、「長老」レベルの大魔道士でもない限り、とても使えない大魔法ばかりです。
「人間の分際」で、本来「神の領域」であるはずの「天候」を左右しようというのですから、施術の反動も大きく、こんな魔法を乱用していては、術者は一気にその肉体を老化させ、命を縮めてしまうことでしょう。
 一種の「禁断の魔法」なのでした。

風の向きを変える。または風を呼ぶ
 風下と風上の関係を入れ替える魔法です。
 敵陣に対して火攻めを行う際や、敵が火攻めをかけてきたときに用い、味方を有利にします。

 他の魔法に比べれば、比較的容易ではありますが、広範囲で大風を吹かせようとすると、やはり消費する魔力はかなりのものとなります。本来の風向きを、少々角度を変える程度であればそうでもないのですが、まるっきりあべこべに吹かせようとしたりすれば、術者は時には、自分の命とひきかえにする覚悟すら必要となることがあります。

 上記の理由から、単身で施術するのは危険なので、普通は数人から数十人で、まとまって魔法陣を組み、全員の魔力をシンクロさせて施術します。そうすれば、かなりの疲労は覚えても、命にかかわるほどのことはないでしょう。

大雨や大雪を降らせる
 本来は、雨乞いのための魔法です。
 干ばつで苦しむ人々を救うために編み出された「慈愛の魔法」を、あろうことか戦争という名の大量殺人に応用しようというのですから、その反動はかなり大きく、術者は命がけとなります。
(もともと雨が降りそうなときに、降り方を大げさにする程度であれば、その限りでもありません)

 単身で実行することは命にかかわるので、必ず集団で施術します。
 また、この魔法により敵の命を奪うような結果が生じることは、術者の「徳」を傷つけるので、極力避けるようにします。

干ばつに苦しませる
 直接戦場で用いることもありますが、むしろ敵国の穀倉地帯を狙って、食糧危機に陥らせる目的で行います。
 兵糧が尽き、補給もままならないとなれば、敵軍は撤収しなくてはならなくなりますので、それを狙うわけですが……こんな魔法を使えば、苦しむのは無辜の民ということになります。

 はっきり言って、天をも怖れぬ「極悪非道の大外法」です。(^^;;;

 この魔法を実行した者は、天の怒りをその一身に受け、およそ考えられ得る限りのバチが当たり放題に当たって、生き地獄のような目にあった末に悶え死に、そしてそのまま無間地獄に堕ちる……と言い伝えられています。
 一説によれば、これはこの魔法を編み出したアクティス・スキア・マーキスが、むやみに乱用されるようなことを怖れ、敢えて流したデマであるとも言われておりますが、その甲斐あってか、敢えて実行しようとする者などひとりも現れず、そのうち術法そのものが廃れてしまったということです。
(一説によれば、マーキス家には門外不出の秘法として伝えられてはいるものの、「絶対に実行してはならない」との家訓により、施術は厳禁されているとのことです)


地形を変化させる

 大陸を割ったり、火山を噴火させたりといった、「地殻変動」を引き起こすほどの大魔法は、使いこなすことのできる者がおりません。
 もし居たとしても、凄まじい施術反動で即死してしまうことでしょう。
 ここで紹介するのは、ごく限られた範囲に、一時的な効果をもたらす程度のものばかりです。

地面をでこぼこにする
 敵の騎馬軍団の脚を妨げる目的で用います。
 広範囲の土地に、長時間にわたって効果を持続させることができれば、より効果的なのではありますが……とても魔力が持ちませんので、なかなかそこまでは実行できないというのが実情のようです。
 現実的には、一時的な街道封鎖程度のレベルで行われているようです。
(大勢で石ころや瓦礫を運んでも同じではありますが、魔法の方がはるかに短時間で実行できます)

 単身でかけることも可能ですが、集団がけで行った方がよいでしょう。
 その方がより効率的かつ効果的に、そして安全に施術できるのですから。

ぬかるみを作る
 敵の進撃速度を遅れさせる目的で、地面をぬかるみにします。
 上述の「でこぼこ魔法」と同じく、広範囲で実行する方が効果的ですが、やはり魔力の限界というものがありますので、それなりに場所を選んで実行する必要があります

 これも単身で実行可能ですが、大勢で集団がけする方が、より効果的に施術できます。

地面・水面を凍てつかせる
 水上を「そり」などで移動できるようにする魔法です。

 冬場では比較的容易な術ですが、夏場には大変困難なものとなります。

 撤退の際に用いて、味方が通過した時点で解除すれば、敵の追撃を阻止することができます。
 うまくすれば、敵を水中に落としてしまうこともできるでしょう。

 集団がけする方が望ましいという点は、これも上述の二つの魔法と同様です。

悪臭を発生させる
 とうてい堪えられないほどの悪臭を発生させ、敵の戦意を喪失させたり、接近意欲を失わせるための魔法です。
 攻城戦で、籠城する敵兵に対して用いるのも効果的です。

 あまり自分たちの近くで、しかも風上で実行すると、えらいことになりますので、注意が必要です。
(その場合は、風を起こす魔法と併用するのがよいでしょう)

 この魔法は、時には「拷問用」としても用いられました。
 被尋問者を死なせるような危険も少なく、痕も残りませんので、乱用されたとの記録が残っておりますが、サドの気のある拷問官らには不評であったとか、なかったとか……(^^;;;

人心を惑わす
 一種の催眠術のようなものですが、敵のリーダーや幹部を狙い、戦意を喪失させて和睦に持ち込んだり、降伏させるという魔法です。
 より大規模なやり方で、敵全員の心を操ってしまうと言うこともできますが、魔力の限界上、長時間にわたっては無理でしょう。

 暗黒魔道たちが支配した一時期の魔法王国では、敵を一時的に戦意喪失させ、武器を棄てさせておいて、その隙に一方的に殺戮する……という、実に非人道的で卑怯千万な作戦が実行されたこともあったようです。

 一時的な勝利をむさぼれるという効果は、確かにあるのですが……このような魔法を乱用すれば、他人に信用されなくなり、いたずらに敵愾心を煽るばかりとなりますので、とても勧められたものではありません。

「他人の心を操るのは、最も忌むべき外法なり」
 との認識が広まるにつれ、この種の魔法は全て「禁呪」とされました。


  

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